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私のノーブレス・オブリージ

2010720

宇佐美 保

 

 今の時代に於いても「戦争」という名目が存在すれば、他人を殺害しても正当化され、それどころか英雄視されるのは何故なのでしょうか?

私にはさっぱり分かりません。

 

その上、“イラクが大量破壊兵器を持っている”と出鱈目な口実でイラク国民を沢山殺害しても、誰も謝りません。

当時、我が国の首相だった小泉純一郎氏は、米国のイラク攻撃を支持しました。

そして、今彼の息子さんは、国会議員になりましたが、先ずは、親子共々イラクへ赴きイラクの人々に謝罪し、不戦の誓いをしてくるべきではないでしょうか!?

 

 平和憲法を有する我が日本に於いても、戦争で命を落とされた兵士の方々を英霊と崇めます。(もう直ぐ815日が巡ってきます)

 

 簡単に踊らされる私が、当時、徴兵されていたら、「お国の為に」喜んで命を捨てていたでしょう。

何しろ、かつて、安保の本質も知らずに、“安保反対!”の声をあげて、国会デモに参加していた私ですから。

(この件は、拙文≪私が60年安保闘争で学んだ事≫をご参照ください)

 

 そして、戦死した私(多分、デモに不参加だった一人の学友を除いて、他の全ての学友も)に死後でも意識表示が出来るのなら、政治家達に“英霊”と崇められた途端 “冗談ではない!俺達は、あなた方の先輩の政治家や、マスコミに騙され、踊らされて命を捨ててしまった被害者なのだ!”と怒鳴っているでしょう。

 

又、我が家が疎開していなかったら、家族全員(徴兵されていた父親を除いて)、東京大空襲で殺されていたかもしれません。

そして、東京都慰霊堂の闇の中で(英霊としてではなく)、石原新太郎都知事の次の挨拶を聞かされていた事でしょう。

「都民が被った惨禍の事実を風化させることなく東京の平和と繁栄が尊い犠牲のうえに築かれていることを忘れてはならない」

(この件は、拙文≪石原慎太郎都知事とテロ≫をご参照ください)

 

 そして、私達家族全員で“冗談じゃね〜!私たちゃ〜、未来の東京の平和と繁栄の為に死んだんでね〜!私たちこそが、平和と繁栄を欲していたのだ〜〜〜〜!

忘れて欲しくないのは、私たちの犠牲ではなく、国民を扇動する人たちの無責任さ!

戦争の無意味さ残酷さだ〜〜!”と石原氏に怒鳴り返していたでしょう。

しかし、いくら怒鳴っても、彼らは聞く耳を持っていないのですから、ただただ、歯ぎするだけ!

 

(名古屋大空襲の際、ノーベル賞受賞者の益川敏英氏の御自宅には、米軍による焼夷弾が落下し、たまたま不発弾だった為、一命を取り留めたそうです。

この事から、益川氏は英語に親近感を失われたのかもしれません)

 

 こんな事が起こらないようにと、私のホームページ≪こんな事でよいのでしょうか?≫を、「ノーブレス・オブリージ(noblesse oblige)」と自らに言い聞かせ、書き続けてきました。

(ノーブレスと申しましても、私は、まるでノーブレスに縁遠い存在です。

しかし、私は、「ノーブレス・オブリージ」は、各人が出来る最大限のオブリージと理解しております)

 

 しかし残念ながら無力感を感じざるを得ません。

そこで、戦争を煽る方々が口実にする、「人種差別」、「人種偏見」を一掃すべき一つの手段として、この数カ月、自著『コロンブスの電磁気学』増補改訂版(≪『コロンブスの電磁気学』増補改訂版の概略≫をご参照ください)の完成に全力を掲げてきました。

 

 と申しますのは、この数年、大勢の日本の方々がノーベル賞を受賞されておられますが、その方々の業績は、A.ニュートンの「力学」、そして、M.ファラデー、マクスウェルによる「電磁気学」、A.アインシュタインの「相対性理論」、ハイゼンベルク並びシュレーディンガーの「量子力学」のような、その分野での根幹そのものではありませんから、“日本人は凄いと言っても、やはり、ユダヤ、アングロサクソン系の人種には及ばない”と言われかねません。

 

 

しかし、不肖私の『コロンブスの電磁気学』に於いては、M.ファラデー、マクスウェル等によって築かれてきた「電磁気学」の根幹理論を殆ど全て覆し、塗り替えているのです。

 

 この事によって、“日本人といえども、ユダヤ、アングロサクソン系の人種と変わりはない、ひいては、どの人種も同等である”を世界中に訴えて、人種の壁を崩して行きたいと念じているのです。

 

 ところが、残念なことに、声を大にして訴えても、多くの方々は、耳を傾けて下さらず、私のホームページ同様に、我が『コロンブスの電磁気学』増補改訂版は、世の中に出て行く事が出来ず、私は日々歯嚙みするばかりなのです。

(そして、すっかり疲れ果てて、両手もしびれ、この数カ月、ホームページも書く気力もありませんでした)

 

 それでも、諦めてはなりません。

時間が必要なのかもしれません。

しかし、私の肺の中には沢山のアスベストが居座っていて、いつ暴れだすか分かりません。

(この件は、拙文≪偉人達の喫煙と破れ窓理論≫を)ご参照ください)

そこで、日ごろから、肺を鍛えておこうと思っているのです。

 

従いまして、別の「ノーブレス・オブリージ」を老体に課しているのです。

但し、この「ノーブレス」は、「noblesse」ではなく「no-breath」なのです。

プールに行くと、50メートルの潜水をノルマとしていたのですが、気が付くと、プールサイドには“潜水禁止”の掲示が出ていました。

 

 そこで、これ幸いと、次のようにノルマを緩めました。

1)ノーブレスでの25メートル・キックを4

2200メートルの個人メドレーを1本:但し、バタフライは、50メートル息継ぎなし。

   (でも、このバタフライのノルマは、50メートル泳いだ後、自由に息が出来る背泳ぎ状態に入って、上を向いたまま、永遠にノーブレス状態になる恐れが出てきましたので、今では、ノーブレスは25メートルで、その後の25メートルは3回ほどの息継ぎに変更しました)

 

 それから、筋肉トレーニング(これはブレスを止めずに、吐きながら)です。

しかし、残念ながら体力はめっきり低下しました。

懸垂50回をノルマのメインにしていましたが、数年前スポーツクラブが改装の為、数か月閉鎖され、再開された時には、懸垂装置が無くなっていました。

そこで、これ幸いと、このノルマを削除しました。

その結果、今は1回とて行いません。(いや!行えません!)

 

 そして、家に辿り着くと、疲労困ぱいで、ばったりと倒れて動けなくなります。

そこで、CDを聴きます。

内田光子によるモーツァルトのピアノ協奏曲、フルトヴェングラー指揮のベートーヴェンの「英雄」も、ワルター指揮の「田園」、ベーム指揮のシューベルトの「未完成」、ミンシュ指揮の「ブラームスの交響曲第1番」、小林研一郎や、ゲルギエフ指揮の「チャイコフスキーの交響曲」、勿論、マリオ・デル・モナコ先生が熱唱する「ヴェルディ、プッチーニ等のオペラ」等(バッハは少々苦手なのです)等、それから、ベネズエラのグスターボ・ドゥダメルが指揮するシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラの演奏等、色々な国の作曲家の名曲を、世界各国の演奏家が奏でてくれます。

 

 そして、時には、イスラエルとアラブ諸国の才能あるクラシック音楽の演奏家を集めて結成されたウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団の創設者の一人でもあるダニエル・バレンボイムが同管弦楽団を指揮する名曲もテレビから流れてきます。

 

そして、人種の壁など感じません。

 

(勿論、「no-breath」等のトレーニングは、日本人の私がイタリア歌劇などのテノールのアリアを歌うためでもあるのです)

 

 

(補足)

 

 これらのCDを聴く私のオーディオ装置は「私の理論を応用した改良」を施してありますので、カラヤンの指揮する数々のCDは勿論のこと、古い録音であるフルトヴェングラー指揮のベートーヴェンの「英雄」等も実にすばらしい音を提供してくれます。

 

本来なら、この「改良方法」を今回の『コロンブスの電磁気学』増補改訂版に記載する予定でしたが、予期せぬ電気の事故の心配もありましたので、断念しました。

 

それでも、私のオーディオ改良技術が世界の人々に大いなる喜びを提供できる日を夢見ています。

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